被災地、岩手県陸前高田市に人でにぎわう「市」を復活させたい

by ふくふく市実行委員会

success!

被災地、岩手県陸前高田市に人でにぎわう「市」を復活させたい

by ふくふく市実行委員会

  
はじめまして!新沼ひろみです!!

小・中・高校と陸前高田で過ごし、高校卒業後も歯科助手、工場勤務など、陸前高田で仕事をしました。

今思えば陸前高田からほとんど出たことが無い根っからの“高田っ子”です。

20年前から農業をはじめ、師匠であるおばあちゃんから農業や農産物の加工の事を教わりました。震災後、おばあちゃんから引き継ぐ形で地元産直の組合員になり、少しずつですが自分のオリジナルの加工品を作っています。



生き残ったのに希望が見えなかった震災直後

今回のプロジェクトの主体者である私、新沼が「陸前高田に市場を復活させたい」と思ったきっかけは、かの東日本大震災の直後、私と街の住人の間で起きた「心のズレ」にあります。

東日本大震災の折、津波により街の大半が壊滅した陸前高田市ですが私の家は「ギリギリ波が届かず流出を免れた」位置にありました。そして私の家の前には震災後に避難所として運用された地区公民館があります。家が無事だったとはいえ、食料も水も無いわけですから当然私も目の前の地区公民館へ支援物資をもらいに行きます。そこには家を失い、家族を失い、命からがらに避難してきた人々がたくさんいました。

そんな彼らから私に向けられた目線は明らかに避難者同士の励まし合いとは違うもの・・・「妬み」でした。「家があっていいですねー。」「畑残ったんですね。いいですね。」私に向けられた言葉の数々に次第と私の心は沈んでいき、助かったのに全く嬉しくなくなり、どうしようもないくらい落ち込んで行きました。



(写真_地区民館付近で津波到達ラインを示唆する新沼)

ライフラインが少しずつ戻って行った後も、自分が「被災者」なのか「被災者じゃない」のかという狭間で苦しんでいましたが、復興に向かう街にかつてのような活気が戻る気配が無いのが気になっていました。

そんな時に思い出したのが震災前、「五の市」と呼ばれた市日にたくさんの人の往来で盛り上がっていた街中の風景。「あの活気がまた戻れば・・・」「なんとかあれを復活できないだろうか?」そう考え始めた私はようやく自分にしかできない役目を見つけたような気がして、復興に向けて心が前向きに動き出しました。



(写真_当時の市場での戯言語り 撮影_後藤敏雄)

五の市とは

東日本大震災以前の陸前高田市には「五の市」というものがあり沢山の人で賑わっていました。五の市とは古くは昭和初期のころ旧高田町陸前高田駅が開業してほどない頃に、駅前で市場が始まったのが最初と言われています。

始まった当初は開業したばかりの駅前ということもあり、沢山の人で賑わっていたため、後に続いて出店する人が増え、場所も次第に駅前から街の中心地である「大町」と呼ばれるエリアに移っていきました。以降、毎月「五」の付く日(5日、15日、25日)に陸前高田市大町商店街に花屋、雑貨屋、薬局、服屋など80店舗近いさまざまな店舗が朝早くから店頭や路上に商品を並べ、販売する市日が定着していきました。


(写真_当時の詰市の様子 撮影_後藤敏雄)

震災前とはいえ、陸前高田市は決して人口が多いわけではありませんでしたが、五の市の開催される日だけは普段街の中心から大きく離れた地区(広田半島)に住んでいる人も野菜を売りに市に出てくるなど「その時だけのコミュニティ」があり、人々の交流が盛んに行われる特別な存在でした。



(イラスト_広田半島から当時の中心市街へ通う様子)


陸前高田のまちなかに賑わいを

私がこのプロジェクトを通して実現したいのは「まちなかにかつての賑わいを復活させる事」です。

かさ上げした大地に主要機能を集約した、以前よりもコンパクトな中心市街地が作られていますが、以前の陸前高田市とは決定的に違う部分があります。それは「居住区と商業地区が離れている」という事です。

以前のまちなかは前述の「大町」に代表される商業地区にもたくさんの人々が住んでいたため、平日の昼間も商店街にたくさんの人の往来がありましたが、現在の中心市街地は平日の昼間は出歩いている人がほとんどおらず閑散とした状態が見受けられます。


(写真_震災後に整備された高台には数多くの家が再建されたが街中は写真奥の遠い場所にある)

これはかさ上げしたとはいえ、一度流された中心地に家を再建する人が少なく、中心市街地が整備される前に早々に(震災後2~3年内に)被災していない高台に再建した方が多いためです。現在も整備されたまちなかには空き地が多く大変危惧しております。

故に私がプロジェクトを実施するうえで特にこだわっていきたいのは「平日のまちなかに賑わいを復活させる」事です。前述の「居住区」と「商業地区」の関係により震災前よりも市場を活性化させるのはハードルが高くなっていますが、現在の中心市街地の商店主の中には市場の復活を応援してくれる人たちもおり、彼らとともにプロジェクトを成功させることにも大きな意味があると考えています。

また、新しい市場においては現在のまちのスタイルに合った持続可能な取り組みを続けていく仕組みを作るという点にもこだわっていきます。





私たちが目指す新しい市その名は・・・

私たちが目指す新しい市の名前は「ふくふく市」という名前にする予定です。理由は中心市街地に福が来ますように、そして関わる人みんなに福が来るようにという願いからです。具体的には陸前高田市高田町のアバッセ前の空き地にて“市”を毎月2回の定期開催(もちろん平日!)、年2回の特別開催(休日)をします。実施時間は人々の往来が少ない時間帯に賑わいを作りたいという理由から午前9時開始、午後14時30分終了の予定です。

テント1張を1団体とし、20の出店者を集めたいです。出品物は農産物、加工品、花、靴、海産物など。その他、飲食、フリーマーケットも出店させたいと考えています。出店者は陸前高田市及び近隣市町村から募集する予定です。テントに関して基本的に出店者に持参願いますが、当然持っていない人もいるため運営側で3張は用意したいと考えています。

皆さまのご協力、どうぞよろしくお願いいたします!


<集まったお金の使途>
今回のチャレンジで集まったお金は
・「ふくふく市」を実施する際に必要な設備
・出店者を集めるための広報活動費
に使用します。詳しくは下記の通りです。

~内 訳~
タープテント:3万
新旧市場紹介広報冊子:50万
広報活動費:12万
サイト手数料:11万


<ご協力いただいた方へのお返し>

【オリジナルりんごジュース】  


【オリジナル一味南蛮】
    

【オリジナルゆず南蛮】



【オリジナル梅干し】


※他、各オリジナル商品の詰め合わせセットをご用意しています!







このプロジェクトは、東日本大震災からの復興につながるクラウドファンディングをサポートする「復興庁クラウドファンディング支援事業」の対象プロジェクトです。

※復興庁クラウドファンディング支援事業についてご相談やお問い合わせ、取材のお申込みなどがありましたら、
こちらのお問い合わせフォームよりご連絡ください。

実行者について

ふくふく市実行委員会

新沼 浩美

岩手県陸前高田市出身
・昭和37年生まれ
・高校卒業後に同市内にて歯科助手、工場勤務等に就職
・稼業であった農業、加工品業の伝授を受け2011年(東日本大震災以降)に引き継ぐ
・地元の産直組合に入り、自家農産物の出荷やオリジナル加工品の制作・販売に取り組んでいる。

プロジェクトが成立しました

協力金額合計
¥847,000
目標金額
¥760,000
111%
残り時間アイコン 残り
終了
協力者数アイコン 協力者数
106

プロジェクトが成立しました

2020年02月28日(金) 23:59にプロジェクトが成立しました。

  
はじめまして!新沼ひろみです!!

小・中・高校と陸前高田で過ごし、高校卒業後も歯科助手、工場勤務など、陸前高田で仕事をしました。

今思えば陸前高田からほとんど出たことが無い根っからの“高田っ子”です。

20年前から農業をはじめ、師匠であるおばあちゃんから農業や農産物の加工の事を教わりました。震災後、おばあちゃんから引き継ぐ形で地元産直の組合員になり、少しずつですが自分のオリジナルの加工品を作っています。



生き残ったのに希望が見えなかった震災直後

今回のプロジェクトの主体者である私、新沼が「陸前高田に市場を復活させたい」と思ったきっかけは、かの東日本大震災の直後、私と街の住人の間で起きた「心のズレ」にあります。

東日本大震災の折、津波により街の大半が壊滅した陸前高田市ですが私の家は「ギリギリ波が届かず流出を免れた」位置にありました。そして私の家の前には震災後に避難所として運用された地区公民館があります。家が無事だったとはいえ、食料も水も無いわけですから当然私も目の前の地区公民館へ支援物資をもらいに行きます。そこには家を失い、家族を失い、命からがらに避難してきた人々がたくさんいました。

そんな彼らから私に向けられた目線は明らかに避難者同士の励まし合いとは違うもの・・・「妬み」でした。「家があっていいですねー。」「畑残ったんですね。いいですね。」私に向けられた言葉の数々に次第と私の心は沈んでいき、助かったのに全く嬉しくなくなり、どうしようもないくらい落ち込んで行きました。



(写真_地区民館付近で津波到達ラインを示唆する新沼)

ライフラインが少しずつ戻って行った後も、自分が「被災者」なのか「被災者じゃない」のかという狭間で苦しんでいましたが、復興に向かう街にかつてのような活気が戻る気配が無いのが気になっていました。

そんな時に思い出したのが震災前、「五の市」と呼ばれた市日にたくさんの人の往来で盛り上がっていた街中の風景。「あの活気がまた戻れば・・・」「なんとかあれを復活できないだろうか?」そう考え始めた私はようやく自分にしかできない役目を見つけたような気がして、復興に向けて心が前向きに動き出しました。



(写真_当時の市場での戯言語り 撮影_後藤敏雄)

五の市とは

東日本大震災以前の陸前高田市には「五の市」というものがあり沢山の人で賑わっていました。五の市とは古くは昭和初期のころ旧高田町陸前高田駅が開業してほどない頃に、駅前で市場が始まったのが最初と言われています。

始まった当初は開業したばかりの駅前ということもあり、沢山の人で賑わっていたため、後に続いて出店する人が増え、場所も次第に駅前から街の中心地である「大町」と呼ばれるエリアに移っていきました。以降、毎月「五」の付く日(5日、15日、25日)に陸前高田市大町商店街に花屋、雑貨屋、薬局、服屋など80店舗近いさまざまな店舗が朝早くから店頭や路上に商品を並べ、販売する市日が定着していきました。


(写真_当時の詰市の様子 撮影_後藤敏雄)

震災前とはいえ、陸前高田市は決して人口が多いわけではありませんでしたが、五の市の開催される日だけは普段街の中心から大きく離れた地区(広田半島)に住んでいる人も野菜を売りに市に出てくるなど「その時だけのコミュニティ」があり、人々の交流が盛んに行われる特別な存在でした。



(イラスト_広田半島から当時の中心市街へ通う様子)


陸前高田のまちなかに賑わいを

私がこのプロジェクトを通して実現したいのは「まちなかにかつての賑わいを復活させる事」です。

かさ上げした大地に主要機能を集約した、以前よりもコンパクトな中心市街地が作られていますが、以前の陸前高田市とは決定的に違う部分があります。それは「居住区と商業地区が離れている」という事です。

以前のまちなかは前述の「大町」に代表される商業地区にもたくさんの人々が住んでいたため、平日の昼間も商店街にたくさんの人の往来がありましたが、現在の中心市街地は平日の昼間は出歩いている人がほとんどおらず閑散とした状態が見受けられます。


(写真_震災後に整備された高台には数多くの家が再建されたが街中は写真奥の遠い場所にある)

これはかさ上げしたとはいえ、一度流された中心地に家を再建する人が少なく、中心市街地が整備される前に早々に(震災後2~3年内に)被災していない高台に再建した方が多いためです。現在も整備されたまちなかには空き地が多く大変危惧しております。

故に私がプロジェクトを実施するうえで特にこだわっていきたいのは「平日のまちなかに賑わいを復活させる」事です。前述の「居住区」と「商業地区」の関係により震災前よりも市場を活性化させるのはハードルが高くなっていますが、現在の中心市街地の商店主の中には市場の復活を応援してくれる人たちもおり、彼らとともにプロジェクトを成功させることにも大きな意味があると考えています。

また、新しい市場においては現在のまちのスタイルに合った持続可能な取り組みを続けていく仕組みを作るという点にもこだわっていきます。





私たちが目指す新しい市その名は・・・

私たちが目指す新しい市の名前は「ふくふく市」という名前にする予定です。理由は中心市街地に福が来ますように、そして関わる人みんなに福が来るようにという願いからです。具体的には陸前高田市高田町のアバッセ前の空き地にて“市”を毎月2回の定期開催(もちろん平日!)、年2回の特別開催(休日)をします。実施時間は人々の往来が少ない時間帯に賑わいを作りたいという理由から午前9時開始、午後14時30分終了の予定です。

テント1張を1団体とし、20の出店者を集めたいです。出品物は農産物、加工品、花、靴、海産物など。その他、飲食、フリーマーケットも出店させたいと考えています。出店者は陸前高田市及び近隣市町村から募集する予定です。テントに関して基本的に出店者に持参願いますが、当然持っていない人もいるため運営側で3張は用意したいと考えています。

皆さまのご協力、どうぞよろしくお願いいたします!


<集まったお金の使途>
今回のチャレンジで集まったお金は
・「ふくふく市」を実施する際に必要な設備
・出店者を集めるための広報活動費
に使用します。詳しくは下記の通りです。

~内 訳~
タープテント:3万
新旧市場紹介広報冊子:50万
広報活動費:12万
サイト手数料:11万


<ご協力いただいた方へのお返し>

【オリジナルりんごジュース】  


【オリジナル一味南蛮】
    

【オリジナルゆず南蛮】



【オリジナル梅干し】


※他、各オリジナル商品の詰め合わせセットをご用意しています!







このプロジェクトは、東日本大震災からの復興につながるクラウドファンディングをサポートする「復興庁クラウドファンディング支援事業」の対象プロジェクトです。

※復興庁クラウドファンディング支援事業についてご相談やお問い合わせ、取材のお申込みなどがありましたら、
こちらのお問い合わせフォームよりご連絡ください。

実行者について

ふくふく市実行委員会

新沼 浩美

岩手県陸前高田市出身
・昭和37年生まれ
・高校卒業後に同市内にて歯科助手、工場勤務等に就職
・稼業であった農業、加工品業の伝授を受け2011年(東日本大震災以降)に引き継ぐ
・地元の産直組合に入り、自家農産物の出荷やオリジナル加工品の制作・販売に取り組んでいる。

リターン一覧

¥3,000
私が作ったオリジナルの一味南蛮です。陸前高田で育てた赤唐辛子の風味をお楽しみください。

内容量:約20g×2
賞味期限:特にございません。
保存方法:冷暗所等の温度の低い所で保存して下さい。
発送方法:ゆうパック
25人が支援中
限定数:限定なし
お届け予定日:3月中旬
¥3,000
私が作ったオリジナルの梅干しです。当地域の自家製梅干しの特徴として、「紫蘇」がいっぱい入っており、絶妙な塩加減と相まって大変好評を頂いております。

内容量:約200g×3
賞味期限:特にございません。
保存方法:常温保存、直射日光は避けて下さい。
発送方法:ゆうパック
24人が支援中
限定数:限定なし
お届け予定日:3月中旬
¥3,000
“北限のゆず”入り粉南蛮です。
陸前高田はゆずの産地としての北限と言われており、このゆずを復興のシンボルにすべく北限のゆず研究会様がブランド化を進めています。
そんな中で私が作ったゆず南蛮は辛さの中にしっかりとゆずの香りが際立ち、辛いけどクセになる味に仕上げました。

内容量:20g×2
賞味期限:特にございません。
保存方法:冷暗所等の温度の低い所で保存して下さい。
発送発送:ゆうパック
25人が支援中
限定数:限定なし
お届け予定日:4月中旬
¥5,000
オリジナルのリンゴジュースです。
ふじ、王林をバランスよくブレンドし濃厚な味わいに仕上げつつ、すっきりとした飲みやすさもあるので色々な方におすすめです。陸前高田では昔から親しまれてきたTHE・高田のりんごジュースとでもいうべき味です。

内容量:1ℓ×2本セット
賞味期限:2020年11月30日
保存方法:常温でも大丈夫ですが、冷蔵庫等の冷たい場所での保存をお勧めします。
発送方法:ゆうパック
54人が支援中
限定数:限定なし
お届け予定日:3月下旬を予定
¥10,000
私が作った梅干し、一味南蛮、ゆず南蛮のセットです。

内容量:梅干し(約200g×2)、一味南蛮(約20g×2)、ゆず南蛮(約20g×1)
発送方法:ゆうパック
7人が支援中
限定数:限定なし
お届け予定日:3月中旬
¥15,000
私が作ったりんごジュース、梅干し、一味南蛮などの加工品をセットにしてお届けします。

内容量:りんごジュース(1ℓ×3)、梅干し(約200g×2)、一味南蛮(約20g×1)、ゆず南蛮(約20g×1)
発送方法:ゆうパック
19人が支援中
限定数:限定なし
お届け予定日:3月中旬

プロジェクトが成立しました

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